ORIGIN

縁起

總願寺の縁起(起源・由来)について説明致します。

不動明王信仰と修験道のつながり

不動明王への信仰は、現世利益を求める庶民のあいだで広く根付いてきました。とりわけ、降魔・病気平癒などの加持祈祷を行う修験道において、不動明王は主尊として深く崇拝されてきました。 この不動明王信仰と修験道を結びつけたのが、三井寺の円珍(智証大師)です。三井寺は台密の拠点として本山派修験を統括しており、円珍をはじめとする密教僧侶が信仰した不動明王の忿怒の相が、荒ぶる神の力を求める修験者の精神と深く共鳴したとされています。 總願寺の縁起に「本尊不動明王を彫刻したのは智証大師円珍である」と伝えられているのも、こうした歴史的背景を踏まえれば自然なことといえます。このことは、不動ヶ岡不動尊の信仰に、近世以前から修験者が深く関わっていたことをうかがわせます。

火渡り式と御嶽教

總願寺では、九月二十八日の秋季大祭に火渡り式が行われており、現在も木曾御嶽教の先達(行者)がその進行を担っています。御嶽教は、明治初年に群馬県館林の下山応助らの尽力によって御嶽講の行者を大同団結させ、成立した教派神道です。 もともと御嶽山は、厳しい入山修行を経た専門の修験者だけが登ることのできる山でした。江戸時代に入ると、寛政四年(一七九二)に秩父の修験者・普寛が一般信者を伴って入山したことを機に、代参講の信仰対象として広まり、各地に講が組織されるようになりました。 總願寺の信徒が「不動ヶ岡不動尊講」という形で江戸の下町から下総にかけて広く結びついていったことも、この寺院と修験道との深いかかわりを物語っています。